くっきんぐ★おーるないと
「じゃ、明日、森の湖で」
風の守護聖ランディが、微笑みかける。
「わかりましたわ、ランディ様。ランディ様とハイキングなんて、とても楽しみです」
ロザリアが、これまた幸せそうに答える。
女王候補の特別寮の前で、明日の約束を再確認して、二人は別れた。
この二人、まだ告白はしていないようだが実は相思相愛だったりする。
その二人の本格的な初デートが明日なのだ。
超オクテで過ごしてきたランディはもちろん、
貴族のお嬢様育ちのロザリアも、デートなんて初めて。
二人とも舞い上がっていたのだが――。
「わあ、ロザリアよかったねッ！！！」
明日デートする、との報告を聞いてアンジェが素直に喜ぶ。
「う、うん…」
ロザリアは照れくさいのか、顔を真っ赤にしている。
そんなロザリアをよそに、アンジェは得意のドリームを発動させていた。
「ハイキングかぁ。ランディ様らしいよね〜。青空の下、清々しい空気の中で、
一生懸命歩いた後に食べるお弁当がまた、オイシイんだよね、コレが！」
「あっ！！」
何気なくアンジェの言葉を聞いたいたロザリアが、気づいたように慌てる。
「お、お弁当…。お弁当を作らなくてはいけないんでしたわね。
ばあやに伝えておかなくては…」
そう言って立ちあがるロザリアの手を、アンジェは
「ちょっと」
と言ってつかんだ。
「な、何？ アンジェ」
「ロザリア、あなた…まさかお弁当をばあやさんに
作らせるつもりじゃないわよね？」
「え？ じゃなければ誰が作るの？」
その言葉を聞いて、アンジェは目の前がクラクラッとなった。
「ロザリアーッ！！！ せっかくの初デートだよ！？
ここはやっぱりロザリアの手作りお弁当で行くべきでしょおっ！？」
半分あきれたような顔でアンジェが叫ぶ。
「そ、そんなこといきなり言われても…。
わたくし、お弁当なんて作ったことないし…」
「えっ！！！」
アンジェが目を丸くする。
カタカナ文字が羅列するような、聞いたこともない料理を作るロザリアが、
お弁当ひとつ作ったことがないなんて。
二重の目眩を覚えつつ、アンジェは仕方なさそうに言った。
「わ、わかった…ロザリア。あたしが教えてあげる。
ランディ様向けのお弁当、がんばって明日の朝までにこしらえよう？ ね？」
「え、でも…。あんた、明日ルヴァ様と予定があるんじゃないの？」
ロザリアが遠慮しいしい聞く。
アンジェ自身も明日はルヴァとデートの予定なのだ。
だが、親友（とアンジェは勝手に思っている）のロザリアの初デートのためなら、
徹夜仕事もなんのその、というもの。
「そんなこと気にしないでッ！
じゃあ早速はじめよう。エプロン持って、台所へ！」
ロザリアの返事もまたずに、彼女を台所へひきずっていくアンジェだった。
「えーと…。ランディ様はファーストフードがお好きだから、
ポテトフライは欠かせないわよね。あと、唐揚と卵焼きと…」
冷蔵庫の中身を見て、アンジェがおかずにできそうなものを挙げていき、
それをロザリアがメモっている。
唐揚、卵焼き。
ロザリアもそれらを知ってはいるが、実際に作ったことはなかった。
今までにロザリアが作った料理と言えば、実家の料理人から教わった本格的な料理がほとんどだったからだ。
「うーん、作れそうなものはこんなものかな…。
じゃ、この中からメニューを絞って…ロザリア？」
メモを凝視しているロザリアに気づき、アンジェが彼女をのぞきこむ。
「どしたの？ ロザリア」
「アンジェ…わたくしって、今まで何をやってきたのかしら？
料理の腕だって一人前のつもりだったけど…。
唐揚の作り方すらわからないなんて女王候補失格だわ」
「はあ！？」
なんで唐揚が作れないくらいで「女王候補失格」なんて言葉が
出てくるのかわからなかったが、いつもは自信たっぷりのロザリアが、
何故か自信を無くしている。
ここで励まさなくては、親友（とアンジェは勝手に以下同文）の名が
泣こうというもの。
「大丈夫だよッ、ロザリア！ あんなに難しい料理ができるロザリアだもん。
基礎がちゃんとできてれば、すぐに唐揚なんか作れるって！
ここでうじうじしてても時間なんかすぐ過ぎちゃうよ？
さっさとメニュー決めて、作りはじめよ？」
得意のアンジェスマイルで、ロザリアに微笑みかける。
「あんたってコは…」
ロザリアもアンジェの笑顔に負けたらしい。
「わかったわ、アンジェ。お世話かけるけど、よろしくね」
いつもの自信たっぷりとまではいかなかったが、
ある程度の自信は取り戻したらしい。
ロザリアがやる気になってエプロンをつけている。
「じゃあ、メニューはどうする？
最終的にはロザリアが決めなきゃ、意味がないんだから」
「そうね…ランディ様のお好みを考えると…」
二人でメモを見ながらのメニューの検討がはじまった。
そしてアンジェの指導のもと、
二人のお弁当作りは夜を徹して行われたのだった。
「で、できた…」
夜が明ける頃、ようやくお弁当が出来あがった。
「やったわね、ロザリア。完璧よ。このお弁当で、
ランディ様もロザリアのことますます惚れること間違いなし！」
「アンジェ…。今回ばかりは本当に感謝してるわ。
あんたがいなかったらわたくし、どうしたらいいかわからなかったもの」
いそいそと、お弁当をつめながら、ロザリアが答える。
「あはは〜、そんなこと言われるとテレちゃうよ〜、ロザリア。
でも、お友達のためにがんばるのは、当たり前だもん。
ロザリアも、そんなに気にすることないからね。
じゃ、あたしはまだ時間があるから部屋へ戻るね」
エプロンを外しながら、アンジェが台所から出て行く。
「お友達…アンジェとわたくしが？」
ロザリアはお弁当をつめながら考えていた。
そう、アンジェリークはいつもわたくしのことを
「お友達」とか「親友だと思ってるんだよ」って言ってくれる。
………でも、わたくしは？
わたくしはあのコのことを、何て思ってるんだろう？
「あら？ ランディ様はまだいらしてないのかしら」
待ち合わせの森の湖で、ロザリアはあたりを見まわす。
「うーん…ちょっと早く来過ぎちゃったのかしら…。
いいわ、ベンチに座って待ってましょう」
お弁当を脇に置いて、ベンチに座る。
「それにしても、今回の件では本当にアンジェに迷惑をかけてしまったわ。
彼女は気にするなって言ってるけど、今度何かお礼をしなくては…、ふあーあ」
ロザリアが大きな欠伸をする。
それはそうだ。完徹したのである。眠くない方がおかしい。
「ダメダメッ！ ロザリア、しっかりしなさい！ 今寝たら、さすがにヤバイわ！」
ペチペチッと自分の頬をたたく。
「ハイキングに行って、このお弁当を食べるんだもの。
そのためにアンジェとがんばったんだから…」
しかし、目を開いて起きていようとすればするほど、眠気はますます襲ってくる。
ロザリアの努力も虚しく、自分でも気づかぬうちに彼女は眠ってしまった――。
「やあ、お待たせ！ ロザリア。ちょっと遅れちゃってゴメ…あれ？」
森の湖に到着したランディが、ロザリアをのぞきこむ。
ロザリアは、軽い寝息をたてて熟睡していた。
「寝ちゃってる…。どうしよう…」
とりあえず、脇においてあったお弁当を膝において、
ランディもベンチに座った。
再びロザリアをのぞきこむ。
夢でも見ているのか、微かに笑みが浮かんでいる。
「起こそうか、起こすまいか…。
でも、ずいぶんと気持ち良さそうに寝てるんだよなぁ…」
困ったように頭をかきながら、真剣に悩んでいる。
「女王試験で疲れてるんだろうなぁ。
もうちょっと、寝かせてあげよう」
そう思ったランディは、自分が着ていた上着を脱いでロザリアにかけた。
その頃ロザリアは、昨夜のようにアンジェリークと料理をしている夢を見ていた。
今度は二人で仲良くいろいろなことを教えあいながら、料理をしているのだ。
それまで、親友らしい親友など持ったことがなかったロザリアだったが、
もしかしたら、このコとならそういう関係にもなれるかもしれない、と、
思いはじめていた―――。
〜fin〜
Presented by あるふ様
（1999.8.16）