| 霧の迷宮 〜 The maze of mind 〜 |
（３）
偶然か必然か、セイと合流することができたエイリたちは、ものすごい勢いで迷路を進んでいた。
途中、立ちふさがる敵は一撃の下に倒している。気合いの入れようが並ではなかった。彼らと出会ってしまった敵が、いっそ哀れに思える。
「次はこっち！！」
エイリは迷うことなく道を選んでいく。何かに導かれているようだったが、本当に導かれていた。
彼の右手に宿る『輝く盾の紋章』が離れてしまった片割れを呼んでいるのだ。
（まるで赤い糸で結ばれているみたい）
ナナミはヨシノに教えてもらった話を思い出した。
『女の子はですね、誰でも左手の薬指に赤い糸が結ばれていて、その糸の端は運命の恋人に続いているんですよ』
『じゃ、ヨシノさんの赤い糸は、フリードさんに繋がっているんだね！』
『ええ。そう思っていますわ』
ちょっと恥ずかしそうに頬を染めて惚気ていたヨシノの姿が浮かんだ。
（まあ、エイリたちの場合は恋人同士じゃないから当てはまらないか）
「んもう、また敵！！」
オオカミの一群が現れたのを見て、ナナミは舌打ちした。いい加減、うざったくなっていたのだ。早くジョウイを助けなきゃ、と気は焦る一方だった。
「エイリ！」
「はい！」
セイとエイリが飛び出し、同時にすべての敵に攻撃を加える。オオカミたちはその攻撃に耐えきれず、あっという間に全滅した。
（す、すごい………。セイさんも、なんだか怒ってるみたい。グレミオさんが心配なんだね……）
セイの鬼神のような迫力に圧倒されそうだった。
「さぁ、行こう」
声も態度も冷静だが、醸し出す雰囲気が違う。
（普段静かな人を怒らせると怖いって本当だよね。ジョウイも本気で怒らせると怖いし。気を付けようっと）
ナナミはエイリたちの後ろを走りながら心の中で、この人だけは怒らせまいと堅く誓った。
「あ………近くまで来た……かな？」
輝きを増した紋章を見て、ジョウイは立ち上がった。
「本当ですか？ 坊ちゃんもご一緒だといいんですが………」
グレミオも立ち上がる。
（……ジョウイ！！）
エイリの泣きそうな、心配そうな声が聞こえるようだ。ナナミもきっと心配しているだろう。
（しばらくニンジン料理かな）
ジョウイは苦笑を漏らす。あの姉弟はどうしてでも自分の好き嫌いをなくしたいらしい。
紋章の輝きは更に増す。
もうすぐだ。彼の幼なじみたちに会えるのは。
大切で愛しい人たち。彼らに出会えたことを、心から感謝している。今も昔も願っていたのは君たちの幸せだけ。守ろうとして結局悲しませてしまったけど、これからは絶対に間違えないよ。僕にとって何が幸せか、ようやく分かったから。
出口の向こうから数人の足音が聞こえてくる。
「ジョウイ！！！」
真っ先にエイリが駆けてきた。
「ジョウイっ！！」
ナナミが泣きそうな声で続く。
二人は走る勢いのまま、ジョウイに飛びついた。二人分の体重＋αを支えきれずに後ろに倒れ込む。
「あれほどジョウイの身代わりで助かっても嬉しくないって言ったのに、ぜんぜん聞いてなかったな………！」
ジョウイにしがみついたまま、ほとんど泣きながらエイリは抗議した。
「心配したんだから、心配したんだからね！！！」
ナナミは既に泣いていた。
「心配かけて、ごめん」
ゆっくりとジョウイは二人の背中に腕をまわす。
「ジョウイのばかぁ………いなくなっちゃ、イヤだよ………」
エイリは完全に泣き出した。ナナミもジョウイの腕の中でしゃくり上げて泣いている。
「うん……もうしないから……ごめんね……」
ナナミの背中をなだめるようにそっと叩き、エイリの前髪を掻き上げて梳いてやる。嘘をつくことになると知っていながら、彼らを安心させたくてジョウイはそう言った。
一方、きつい眼差しのままグレミオの前に立ったセイは、一言も言葉を発しなかった。
「あの……坊ちゃん？」
いたたまれずにグレミオは声を掛けた。
「……もう二度と余計なことをするな。でないと、今度から絶対に置いて行くからな」
厳しい声でセイは言ったが、グレミオはそのセリフに微笑んだ。セイがどんなに自分のことを案じていたのか、彼は十分承知していた。心配のあまりのセリフだと、きちんと理解していた。
「はい……心配かけて、すみませんでした」
「もう二度とあんな思いをするのはごめんだ」
コツンとセイはグレミオの肩に額をあずけた。
「………はい」
ふとジョウイたちの方を見ると、ジョウイもグレミオと同じ淡い微笑を浮かべていた。
彼らの大切な人を助けるためなら、きっと何度でも同じことを繰り返すだろう。それが愛しい人の心を傷つけると分かっていても、それでも生きていて欲しいと願うから。それは限りなく傲慢な願い。
ジョウイもグレミオの視線に気付き、苦笑いを返した。
ある意味、この二人は共犯者なのかもしれなかった。
再び合流した彼らは、遺跡の更に奥へと進んでいった。
かなり進んだところで広間と思える場所に出た。その広間の奥には大きな扉があり、その前には巨大な石像が建っていた。まるでその扉の番人のように周りを威圧させる表情をしている。その石像の周りには、背中にコウモリのような羽の生えた奇妙な生き物の像が数体、建っていた。
「ねえ、あれってやっぱり……」
ナナミがジョウイを見た。
「……番人だろうね」
ジョウイは棍を握り直した。エイリたちもおのおの武器を構え直す。
慎重にその石像に近付いていき、石像の目の前に立つと、案の定、ゆっくりと石像たちが動き始めた。
「………ストーンゴーレムとガーゴイル、か」
セイがボソリと呟いた。
巨大な魔力を持つ魔法使いにより造られた石の人形は、その魔法使いに命ぜられたプログラムを忠実に守り続ける。固い石の体を粉々にされるまで、そのプログラムは生き続けるのだ。
「エイリ」
「うん！」
ジョウイとエイリが飛び出し石像を囲むと、同時に石像たちに攻撃した。強烈な攻撃を喰らい、羽の生えた石像たちが粉々に砕ける。
「生と死を司る紋章よ………彼の者に『裁き』を………」
セイの右手が輝く。その光に呼応するように鎌を掲げた死神たちが現れ、ストーンゴーレムに死の刃を振り下ろす。
「やあ！！」
ナナミが三節棍を操り、強烈な連続攻撃を喰らわせる。続けてグレミオが斧を振り下ろす。
痛烈な攻撃にさらされてストーンゴーレムも相当のダメージを受けたはずだが、咆哮したかと思うと両手で大地を叩く。大地が割れ、全員、大きなダメージを受けた。
エイリは受けた傷を庇いながら右手を掲げる。
「『許す者の印』！」
”輝く盾の紋章”が輝き、その輝きは全員を包み込み傷を癒す。そして一転してストーンゴーレムを襲った。
ストーンゴーレムは声なき叫びを発した。体の所々に亀裂を生じている。
「『貪欲なる友』………」
体勢を整えたジョウイが、呟くように言った。その言葉に反応して”黒き刃の紋章”が輝く。
無数の黒い剣がどこからともなく出現し、ストーンゴーレムに襲いかかる。
巨大な石の体が一瞬、動きを止めた。そして大きな音をたてて崩れていく。
「やった、か………」
ジョウイはホッと肩の力を抜いた。
「ねえねえ、こんなところにスイッチがあるよ！」
ナナミが扉の横にある装置の前でブンブンと手招きした。相変わらず素早い。
「押してみようか」
すぐに近付いたエイリがそのスイッチを押すと、地響きをたてて扉が左右に開いた。
「きゃあっ」
中をのぞき見たナナミが悲鳴を上げた。
「どうした、ナナミ！？」
慌ててジョウイも中を覗く。
「これは………」
絶句したジョウイに続いてエイリたちも扉の中を見た。
そこはぽっかりと大きな空間が開けていた。高さも相当高く、天井は穴が空いていて、星空と月が覗いていた。
その月明かりに照らされて、巨大なドラゴンがうずくまっていた。ただし、その体は氷に閉ざされていた。
「こんな所に石碑がありますよ〜〜」
グレミオが言う方を見てみると、長方形の石版に何か文字が書かれていた。
「これはシンダル語だな。ええっと……『主を失い、狂いし竜を封ずる。何人も、彼の眠りを妨げることなかれ』……」
指で文字をなぞり、ジョウイが解読した。
「主の竜騎士を失ったのか………」
セイは眠る竜を見上げた。
この竜はどのくらいの時を眠り続けているのだろうか。それを知る術はなかったが、安らかな眠りを願わずにはいられなかった。大切な者を亡くした痛みは、彼にも覚えのある痛みだった。
「坊ちゃん、薬草が見つかりましたよ〜。ほら、こんなに！」
グレミオとナナミが薬草を掲げて見せる。ジョウイたちは急いで近付いた。
「何本か土ごと持っていきましょう。ひょっとしたら栽培できるかもしれないですからね。そうしたら、もう危険を覚悟でここに来る人もいないでしょう」
ニコニコとグレミオは言った。
さすがに気配りの人だけあって、よく気がつく。
「トニーに野菜を育てるコツを教わったけど、役に立つかなぁ」
エイリは頬をぽりぽり掻いた。
「野菜と薬草じゃ、違うんじゃないかい？」
「やっぱりそう思う？」
言いながらジョウイを見上げた。
「うん。ちょっと多めに土を持っていこう。土が合わなくて枯れることがあるって何かで読んだ気がする」
「ジョウイは何でも読んでるね」
エイリは感心と呆れを半分ずつ混ぜて言った。
「これくらいあれば足りる、ジョウイ？」
持参の袋に土を詰め、ナナミは尋ねた。
「うん、多分足りると思うよ」
「それでは、急いで戻りましょうか」
グレミオが頃合いを見て促した。
目的の物を手に入れた彼らは、竜の眠る場所を元通り塞ぎ、急ぎ村へ戻った。
たくさんの人の気配に、ユンは徐々に意識を浮上させた。
目を開けると、息をのんで自分の顔を覗き込んでいる人々の顔が見える。メイは泣きそうに顔を歪ませていた。
「あれ……ここ……」
「ユン！！！」
いきなりメイに抱きつかれ、ユンは戸惑う。メイに腕を伸ばそうとするが、力が入らないのに気付いた。そして急速に記憶が戻る。
（そうか……霧竜山で怪物に襲われて倒れたんだっけ……でも、どうして生きてるんだ……？）
あのとき、自分は死を覚悟したはずだった。
視線を巡らせると、目の端に髪の長い少年と赤い服の少年とピンクの服を着た少女、そして見覚えのない少年と青年の姿が映った。
ユンの視線に気付き、フッと笑って長い髪の少年が部屋を出ていく。
（そうか……あの人たちに助けられたのか……）
何故かユンにはそれが分かった。
視線をメイに戻す。メイは自分にしがみついて泣き続けていた。
その周りでは自分の母親とメイの母親が「良かった……」と繰り返しながら涙を拭っていた。
メイも母親たちも、目を真っ赤にしていつもはきっちり結った髪をほつれたままにしていた。
背後にいる村人たちも、目に涙を浮かべて笑っている。
「ユン……」
声を掛けられ、ユンは村長を見上げた。
「もう、みんなに心配をかけるような真似をするんじゃない」
ユンはわずかに頷いた。
もう二度とこんなことをする気持ちはない。メイを……母親を、泣かせたくはなかった。
「分かったのならもういい。……今はゆっくり休むんじゃよ」
いたわるような声音に、ユンは泣きそうになった。涙を見せたくなくて、目を閉じる。
自分の無謀な行動が、こんなにたくさんの人に心配を掛け、迷惑を掛けた。あの旅人たちがいなかったら、自分の命はなかっただろう。
絶対に、同じことを繰り返さない。だから、霧竜山には、二度と行かない。
少年は固く決心し、再び体を癒す眠りに陥った。
村はずれの林の中を、ジョウイは歩いていた。
どこからか小鳥の綺麗な声が聞こえてくる。木々から差し込む木漏れ日が暖かい。
「ジョウイ！！」
呼ばれて、顔を声の方に向けた。幼なじみの少年がこちらに駆けてくる。
そしてその勢いのまま、抱きついてきた。
「……っと」
ジョウイは両手で抱き留めた。
エイリはこうしてたびたびジョウイに抱きついてくる。
昔からエイリはスキンシップが好きだった。一緒に旅を始めるようになって、さすがに人目が気になるのか人前ではあまりしなくなったが、こうして機会があると必ず抱きつく。
ナナミもエイリのこの抱きつき癖には「困った癖よねぇ」といいながら、好きなように抱きつかせていた。
ちなみにナナミも感激するとすぐに抱きつく癖がある。女の子に抱きつかれてジョウイはいつも狼狽えるのだが、ナナミは一向に気にしない。「気にしてくれ」と思わずにはいられないジョウイであった。
だが、二人とも幸せそうな顔で抱きついてくるので、「まあ、いいか」といつもそのまま抱きつかせていた。……まったく仲がいい３人組である。
今もエイリは嬉しそうにジョウイにしがみついていた。あまりに嬉しそうなので、ジョウイは今回もそのまま抱きつかせていることにした。
「ユンが助かって、良かったね……」
しばらくスリスリと懐いていたが、ようやく満足したのかエイリは顔を上げた。
「そうだね。あの薬草も根が土についたみたいだし……もうあの山に入らなくても大丈夫だね」
霧竜山から戻り、すぐに薬草を煎じてユンに飲ませた。だが体が衰弱していたため、３日目の今日まで意識が戻らなかったのだ。メイとメイの母親、そしてユンの母親の看病で、ようやく目を覚ました。嬉しそうな彼女たちの顔に、つくづく危険を犯してまで薬草を採りに行って良かったと感じた。
今まで散々、他者の命を奪っていった自分だが、たった一人でも救えたことが嬉しい。あまりにも重い罪を背負う自分だったが、少しだけ心が軽くなった気がした。自分で選択したこととはいえ、本当に生きていていいのかと思わずにはいられないのだ。
「ジョウイ、なに考えてるの？」
ハッと我に返ってみると、エイリが自分の顔を覗き込んでいた。その真っ直ぐな眼差しに耐えられず、目をそらす。
「何でもないよ」
「嘘。ちゃんと僕の目を見て言ってよ。また後ろ向きなこと考えていたんだろ」
両手で顔を捕まれ、むりやり視線を合わせられる。
図星を指されて、ジョウイは観念したように息を吐いた。
「当たり。よく分かったね」
「分かるよ。目の色が暗くなってたもん。……あのね、僕はジョウイが生きていてくれて嬉しいんだよ。分かってる？」
それはもちろん、よく分かっていたので頷いた。あの”約束の場所”で、彼は決して自分に攻撃しようとはしなかった。自分を死なせたくないという気持ちが行動に表れていた。それなのに、早く楽になりたくて彼に紋章を受け取るように言い続けたのは自分だ。
「また暗い目をしてる！ ……たくさんの命を奪い続けたのは僕もおんなじなんだよ？ その人たちの死の上に僕たちは立ってるんだ。でも、だからって死んでどうするんだよ。そんなの逃げてるのと一緒だよ。僕たちができることはね、その人たちの分まで一生懸命生きることだと思う。その人たちが見るはずだったものを見て、その人たちが感じるはずだったことを感じて。それが義務だと思うんだ。それとも………僕たちと生きるのは、イヤだった……？」
不安そうにエイリは見上げてきた。
自分が犯した罪をしっかりと受け止め、その上で生きようと言うエイリの強さが羨ましくて妬ましかった。だけどその強さも優しさもすべて好きだという気持ちも嘘ではない。
ジョウイはエイリの体を抱き直した。
「嫌じゃないよ。あの時、生きることを選択したのは僕だから。ただ……時々考えてしまうんだ。生きていていいのだろうかってね。でも、そうだね。僕たちには生きていかなきゃならない義務があるんだね。……忘れていたよ」
エイリもジョウイの首に縋り付いてきた。
「じゃあ、忘れたら何度でも思い出させてあげるね」
「よろしくお願いするよ」
互いのぬくもりを確認するように、抱きあう。端から見ればかなり誤解される構図だったが、本人たちは一向に気にしなかった。
思えば彼らは寂しい境遇だった。ジョウイは家族の中で孤立していたし、エイリもナナミも孤児だった。寂しくないように、自分が一人ではないことを確認するために触れ合うのだろう。……多少、接触過剰な感は否めないが。
大切な親友を抱きしめながら、ふとジョウイはセイのことを思った。
彼に感じる影は、ひょっとして自分と同じではないだろうか。こうして繋ぎ止められなければいつでも闇に落ちそうな罪の重さに、彼も押しつぶされそうなのではないだろうか。そして、彼を繋ぎ止めているのはきっと………。
「エイリ、ジョウイ〜〜！！」
林の向こうからナナミが走ってくる。
「ああ、また抱きついてるっ。わたしも〜〜っ！！」
言いながら二人に抱きついた。
「うわっ」
ジョウイたちはなんとかナナミを受け止める。
「ナナミ、びっくりさせるなよ。で、どうかしたの？」
二人に抱きついたまま、ナナミは顔だけ上げた。
「もうすぐお昼ご飯だから呼びに来たんだよ。ユンが目を覚ましたからって、ご馳走作ってくれたんだよ♪」
「分かった。じゃ、早く行こうか」
「うん！！」
３人は仲良く林を歩いて行った。
「それでは、お世話になりました」
荷物と棍を背負い、ジョウイは宿屋の女将に告げた。エイリたちもそれぞれ出立の用意を済ませている。
辺りはまだ暗く、朝靄がかかっていた。
「いろいろ世話になったね。ありがとう。でも、ユンたちに会わなくて本当にいいのかい？」
玄関まで見送りに来た女将が尋ねる。
「ええ。もう大丈夫なようですから」
ジョウイは頷いた。
「本当は、会ってもお礼を言われるのが照れくさいだけじゃないのかい？」
「え？」
驚いて振り返ると、セイがにやりと人の悪い笑みを浮かべた。
「村の人たちにお礼を言われていたときも困っていたみたいだったし……君、他人に感謝されるのが苦手だろう？」
言外にエイリとナナミを除いて、というセリフを窺わせてセイは指摘した。
「う……それは……あの」
その指摘は確実に的を射ていて、ジョウイは口ごもる。
エイリもナナミも訳が分からないのか、きょとんとしていた。
「……意外と可愛い性格をしているね。じゃあ、先に行くから」
セイはジョウイの側を通りしな、彼にしか聞こえない音量で囁いた。
「え？ え？ なんて言ったの、セイさん！！」
ナナミが慌ててセイの後を追った。
「ん、何でもないよ」
「セイさん、待って！」
エイリもセイを追った。
トランの英雄のセリフに呆然としていたジョウイの側に、グレミオが寄ってきた。
「どうやらジョウイくんは坊ちゃんに気に入られたようですね」
疑問を顔に張り付けてジョウイはグレミオの方を見た。
「坊ちゃんはですね、気に入った人はとことんからかう癖があるんですよ。良かった。坊ちゃんにも良いお友だちが出来そうですね」
グレミオはうんうんと満足そうに頷いていた。
セイの意外な一面に「そんな気に入られ方は嫌だ」とか「どうしてナナミたちは無事なんだ……あそこまで天然ならからかっても無駄だからか」とかいう思いが沸いたが、ふっと肩の力を抜く。
からかわれるのは嫌だが、彼らと共に旅するのは退屈せずに済みそうだ。きっと余計なことを考える暇もないに違いない。
「私たちも行きましょうか」
「はい」
ジョウイたちは女将に頭を下げると、エイリたちの後を追った。
彼らの姿を、やがて姿を現しつつある太陽の光が映し出していた。
「本当に会わなくて良かったの、ユン？」
窓からジョウイたちを見送っていたメイが、ベッドの上のユンを見た。
「うん。まだ僕には会う資格がないから」
きちんとお礼を言うのが礼儀だと分かっていたが、まだ自分の中にはわだかまりがあった。このまま彼らには会えなかった。……特に長い金髪の少年には。
「それより、メイこそあの人を止めなくて良かったの？ 好きだったんだろ？」
「ユン、ひょっとして誤解していない？ 私は確かにあの人が好きだけど、命の恩人としてであって、恋とかそんなんじゃないのよ？ ちょっとだけ憧れた人なの！ 私が好きなのは……」
そこまで言って、メイはハッと口をつぐんでユンを見た。
「好きなのは……？」
ユンは恐る恐る尋ねる。
「秘密！ 秘密よ！！ じゃ、朝食の支度してくるね！！」
メイは顔を真っ赤にさせてバタバタと階段を駆け下りた。
呆然と彼女の後ろ姿を見送りながら、ユンは自分の頬にも血が上るのを自覚した。
（もしかして……俺、早とちりしていた？ だったら、本当に馬鹿なことをしたんだ……）
再び、窓の外を見やる。命の恩人たちの姿は、もう見えなくなっていた。
（強くなろう。体だけじゃなくて、心も。二度とメイを泣かせないように。そしたら、あの人たちに言うんだ。『ごめんなさい』そして『ありがとう』って……）
朝靄が太陽に払われ、青空が広がりつつある。
この同じ空をあの人たちも見ているのだろうかと、少年はいつまでも眺め続けていた。